エッセイ

三つ子の音痴、百まで

音痴 遺伝

以前のブログでも書いたが、私は音痴である。

音楽を聴くことは大好きなのだが、自分が歌えと言われると全く音程も取れず、逆に不本意な笑いがとれてしまうほどのレベルだ。歌手の人たちはアリーナライブなどで1万人以上の観客の前で熱唱したりするが、本当にすごいことだと思う。私にとって人前で歌を歌うことなど、想像しただけでも拷問であり、公開処刑以外の何物でもない。

日常生活で、たまに無意識に気分よく鼻歌を歌いながら料理をしている時などにふと気付くのだが、音痴な私は鼻歌ひとつとっても高音が出ず、音痴なのだ。

大勢の人の前で熱唱し、その歌声で人々を感動させられるアーティストに対しては本当に尊敬の気持ちしか浮かんで来ない。

私はこの人生、物心がついたころから音痴として生きてきたが、音痴で最も辛かった思い出といえば心に焼き付いて離れないのが、中学生の時の音楽の時間の『歌のテスト』である。

4、5人が一組になって歌うという形式であれば、なんとなく歌っている風を装い、口パクでやり過ごすなどという手が使えなくもないと思うのだが、私の通っていた中学校ではなんと一人づつが順番に前に出て、音楽教師が弾くピアノの伴奏に合わせて歌わなければならないというものであった。今から考えてもおぞましく膝が震えがくるほどのシチュエーションだ。

歌に対して特に苦手意識の無い子は、前にでてひとりずつ歌わされることに若干の照れなどは見せるものの、先生の伴奏が始まると観念して特に抵抗もなく歌っていた。音楽教師の決めたところまで歌い終わると次の生徒に交代。段々私の順番が近づいてくる。

課題の歌は、どうしたって私に出せるわけのない高音のメロディ。ドキドキしながら顔面蒼白で順番を待っていた私だが、徐々に『普通の女子ならそのくらいの音階出せるでしょ』と決めつけ、音痴で音域のせまい人間の存在にも気を配れず、こんなテストのやり方を決行するこのおばさん音楽教師に段々腹が立ってきた。

よし!私は絶対に歌わないぞ

当時、思春期まっただなかの私が、男子も含め40人ほどいるこのクラスの人間全員の前で渾身のヨーデルをぶちかまし驚愕のまなざしと共にみんなの記憶に深く刻みこまれるくらいなら、音楽教師に罵倒されようが成績が『1』になろうが、こんなところで絶対に私は歌わない。

もう一度言おう。
私は絶対に歌わない!!

そう覚悟がきまったところで私の順番が回ってきた。

『次、〇〇さん』(私の名前)

そう呼ばれ、私はピアノの前に立った。

早速、ピアノの伴奏を始める音楽教師。前奏部分を弾き終わり、歌いだしのところで私に目で合図を送ってきた。石のように真っすぐ固まる私。

いくらピアノを弾いても歌いだそうとしない私にこの音楽教師は、音楽教師特有の大げさでうざったいアクションで身を乗り出し、何度も合図を送ってくる。だがいくら煽られても微動だにせず口も開かない私・・・。

この攻防がしばらくの間、何度も何度も続いた。そして音楽教師はようやく私に歌わせることを諦めたのであった。首をかしげてあきれ顔をしながら、私に席に戻るよう指示した。

ふう・・・助かったぜ!席に戻った私はそっと胸をなでおろした。あのうざったいオーバーアクション音楽教師のしつこい煽りなどにのせられ、うっかり歌ってしまったりなどしたらそれこそ末代までの恥である。耐え抜いて本当に良かった。

そんなわけで、恐ろしく音痴な私は毎回この方法で歌のテストを歌わず乗り切り、歌を強要される音楽の授業を受けなければならない義務教育を無事に乗り切った。
そしてめでたく、音痴な自分が無理に歌わされるのではなく、自分の好きなアーティストの曲を聴いて楽しむという音楽とのかかわり方だけを選択できる、自由な大人になることができたのであった。

大人になり、忘れがちな音痴の壁

大人である今の私は、自分の大好きなアーティストの曲はもちろん流行りの曲を聴くのも大好きで、YouTubeで好きな曲を探しては楽しんでいる。

そんな平和な音楽との関わりの中、先日とんでもなく不意打ちな出来事があった。

私の中学校時代の青春を彩ったアーティストといえばなんといっても『PRINCESS PRINCESS』だ。同年代の方は当然よくご存じだと思うが、『PRINCESS PRINCESS』は当時一世を風靡したガールズロックバンドである。

ボーカルの奥居香さんのハスキーボイスと見た目の可愛さ、かっこよさ、曲も歌詞もすべてが心に刺さる『PRINCESS PRINCESS』に、当時の私は夢中になりプリプリの曲は青春時代の思い出とともに私の心に深く刻まれている。

つい先日、YouTubeで色々なアーティストの曲を聴きながらビールを飲み、すっかり気分がよくなっていた私は、『そうだ!久しぶりに懐かしいプリプリの“ダイアモンド”でも聴いちゃおう〜♪』と思い立ち、当時の横浜アリーナでのライブのアンコールの動画を流してみた。

曲のイントロが流れると、この曲をよく聞いていたあの青春時代にタイムスリップしたような感覚で、気分はブチ上がる一方だった。

やっぱプリプリは最高だぁ!!!!
いよいよサビだぞ〜♪

ワクワク!!

そう思った瞬間、突然ボーカルの奥居さんは、サビを歌わずにマイクを観客に向けてきたのだ。

一人でYouTubeを視聴していた私は、突然こちらに向けられたマイクにパニックになり『ココには私しかいないんだから歌わなくちゃ!!』というおかしな使命感にかられ、ついその使命感から♪ダイアモンドだね~Ah〜いくつかの場面〜♪というサビの部分をつい大きな声で歌ってしまったのだ。そしてその歌唱力に改めて愕然とし、ガックリと肩を落としたのであった。

その時見ていたYouTubeの映像がこちらである。

私の『ダイアモンド』は、
もはやロックでもジャパニーズポップスでもなかった。

むしろそれは音楽の域を超え、ベテラン狂言師のセリフ回しを彷彿とさせる伝統芸能的な仕上がりとなっていた。

考えてみれば、サビで奥居さんが観客にマイクを向けたからと言って、それはその時横浜アリーナにいた観客の皆さんがみなで合唱すればいいだけの話であり、一人で家でYouTubeを視聴していた私が、“ここに誰もいないから”などと責任を持って歌い上げなくてはならない義務など毛頭ないのである。

なつかしい気持ちに浸りワクワクしながら聞いていたプリプリの“ダイアモンド”で、突如自分の音痴っぷりを改めて叩きつけられた衝撃と、大人になった私が長い人生の紆余曲折を経て、『自分の責任を果たす』ということを妙に重く受け止める、必要以上にまじめで頭の固い、融通のきかない人間になってしまっていることに、一抹のもの悲しさを隠し切れなかった。

三つ子の音痴、百まで・・・

大人になり忘れていても、音痴は一生治らない。
そう痛感した、先日の出来事であった。

ABOUT ME
富岡紗和子
富岡紗和子
神奈川県湘南在住、占い師(帝王命術鑑定師)・ラジオパーソナリティ・エッセイ作家・法人役員(役員暦24年)の富岡紗和子です。 現在、二人の娘を持つ母でありサーフィンとビールをこよなく愛するアラフィフ女子です♪ ⇒ ⇒ 詳しいプロフィールはこちら