エッセイ

なぜ笑ってはいけないときに笑いたくなってしまうのだろう

フィリピンバナナ

人間というものは、なぜ笑ってはいけないときに笑いたくなってしまうのだろう。

むしろ、笑っていい状況の時に起こったおもしろいことと同レベルのことが、笑ってはいけない時に起こると、よりおもしろく感じてしまうのはなぜだろう。

人間が笑ってはいけない時に笑いたくなる生き物であるということはどうやら全世界共通なようだ。

笑ってはいけない状況というのはいくつかのパターンがある。

大きく分けると

誰かがめちゃくちゃ怒っている状況で面白いことが起きてしまった時

今笑うと目上の人(もしくはお客様)に失礼だ、という状況で面白いことが起きてしまった時

盗み聞きしたわけではないが他人の会話が耳に入ってしまい、
自分のツボにはまってしまった時

自分の嫌いな人がひどい目に合っている時

このあたりではないだろうか。

思い起こしてみると、今まで笑ってはいけない状況で笑いをこらえて耐え抜いた時というのは、だいたい上記のいずれかのシチュエーションに当てはまっている気がする。

①誰かがめちゃくちゃ怒っている状況で面白いことが起きてしまった時

あれはさかのぼること30年近く前、私が中学二年生の時のことだった。
文化祭が間近にせまっていたとある日のこと。
私たちは仲良しのクラスメイト6-7人で、文化祭の準備と称して集会所のような場所を借りて集まった。
最初のほうこそ皆でまじめにポスターを書いたりクラスのイベントの看板を作ったり
一生懸命作業にいそしんでいたが、すっかり日も暮れた頃には私たちは文化祭の準備などいう名目で夜まで集まっていること自体が楽しくなってしまい
みんなでああでもないこうでもないとおしゃべりに花を咲かせ盛り上がりだしてしまった。

途中で女の子たちは、ちょっと遅くなるなどの連絡を自宅に入れたりしていたが
みんなで大盛り上がりしているうちに気付くと時計は夜中の11時を回ってしまった。

その時だった。バン!!と集会所のドアが勢いよく開き、明らかにお風呂上りと見られる担任の男の先生が、ものすごい形相で飛び込んできたのだ。
一瞬にして静まり返る私たち・・・

『お前ら!!!何時だと思っているんだ!!!!!』
担任の男の先生は、子供が帰ってこないと心配した友達の親から連絡を受け、怒鳴り込んできたのであった。

『今日はもう遅いから帰れ。話は明日ゆっくり聞く』

そう言い残した先生の言葉に、あーぁ。明日またこんこんと説教されるのか・・・と憂鬱な気持ちで帰宅の途に着いたのであった。

翌日、『話は明日ゆっくり聞く』の予告通り、昨夜のメンバーが別室に呼び出された。
先生の前に一列に並ばされたみんなは、昨日の盛り上がりとは別人のように一様に下を向いている。

先生がゆっくりと話し出す。
『お前ら、昨日自分達がしたことわかるか。何が悪かったか、わかるか?・・・・山田。言ってみろ。』

この状況で突然指名された山田君。シンと静まり返った室内で、みな山田君の返答に意識を集中した。

山田君は緊張しているのか軽く咳払いをすると絞り出すように
『えっと・・・。男と・・・女が・・・一つの部屋で・・・』と語りだした。
私は『山田、そこじゃねぇ!!!』と、すでに吹き出しそうになっていたが必死にこらえ、先生の反応を確認するべくちらっと視線を上げてみた。
すると先生の方も『そこじゃねぇ!!!』という顔をしているのがはっきり確認でき、私は震える肩で再び必死に下を向き唇を噛んだのを覚えている。

誰かがめちゃくちゃ怒っている状況で笑いたくなってしまった、自分自身の中で最も古い記憶が、この山田君の『男と女が一つの部屋で』事件だったと認識している。

その他、めちゃくちゃ怒っている友達の彼氏が、その勢いで自分の差し歯が飛んだのに気付かず、前歯を失った状態でブチ切れまくっているのを見た時、などもこのカテゴリーに分類される。

②今笑うと目上の人(もしくはお客様)に失礼だ、という状況で面白いことが起きてしまった時

私は高校生のころ、地元の回転寿司店でアルバイトをしていた。
高校生のアルバイト達はお店の掃除はもちろん、お客様を席に案内したり、裏で軍艦巻きを作ってレーンに流したりお会計したり・・と
なかなかの忙しさだった。レーンに流さないお味噌汁は注文が入ると店長から指示があり、
アルバイトが厨房でお椀によそってお客様のところまで持っていくのだが
その時代は今のようなタッチパネルなどの便利なものが無かったため、アルバイトみずからが客席にむかって『お味噌汁ご注文のお客様〜』などと呼びかけ
お客さんから合図をしてもらい席まで運ぶ方式であった。

私の働いていたお店では普通の安いお味噌汁の他にロブスターのお味噌汁という、ちょっとお高めのメニューがあった。
その日、店長から『ロブスターのお味噌汁、一丁!』と指示を受けた私は早速厨房でお椀にロブスターのお味噌汁をよそうとお盆に乗せて客席に登場した。

『ロブスターのお味噌汁をご注文のお客様〜!!』と呼びかけるもだれも反応しない。

『ロブスターのお味噌汁をご注文のお客様〜!!ロブスターのお味噌汁をご注文のお客様〜!!』と少し大きい声で繰り返すと、あるお客様が連れの男性に、『ロブスターに似ているお客様〜だって!呼んでるよ?』と言ったのだ。

そう言われふり返った連れの男性の顔を見て、私はひっくり返りそうになった。

完全にロブスターに寄せてるよね?とツッコミをいれたくなるほどロブスター顔のその男性が『あ、はい』とこちらに合図をするではないか。『お待たせいたしました』と言う私の声は『した』の部分がもう震えていた。ついでにお味噌汁を置く手も震えていた。

こんなにロブスターに似ている人を見たのは初めてだったし、よりによってその人がロブスターのお味噌汁を注文したことも、お友達から『ロブスターに似ているお客様、呼んでるよ?』と指摘されても一切の表情を変えないとこも全てがツボに入り過ぎてしまい、私は厨房に逃げ戻ると笑い過ぎて泣いた。

その他、勤め先でエレベーターが閉まる瞬間、社長が乗り込んできて、焦った同僚が誤って何度も『閉』ボタンを連射し、社長が何度もドアに挟まる姿をエレベーター内で目撃してしまった時もこのカテゴリー、【今笑うと目上の人(もしくはお客様)に失礼だ、という状況で面白いことが起きてしまった時】である。

③盗み聞きしたわけではないが他人の会話が耳に入ってしまい、自分のツボにはまってしまった時

ある日、友達と待ち合わせをしていた私は早めに到着したため一人でカフェに入り、席に着くとぼーっとして待っていた。

隣のテーブルに座っていたのは50〜60代の男性二人組であった。

私は特にその二人組を意識することなくコーヒーを飲んでいたのだが、ふとしたタイミングで、二人組の内の一人が、もう一人に『あんたの指は、全部親指や。』と言ったのが聞こえた。

え・・・・?指が全部親指?
気になる・・・全部親指・・・気になる・・・全部親指・・・気になる・・・

もう、目の前のコーヒーのことも、これから現れる予定のお友達のことも私の頭の中からかき消され、『あんたの指は、全部親指や。』という言葉だけがリフレインされ始めてしまった。

しかし、すぐに顔を上げたら『全部親指』を盗み聞きしてチラ見したという容疑をかけられそうだし、ここは少し時間をおいて・・・と思うのだが、私の『全部親指確認欲』はもう我慢の限界であった。

フーゥ!と深呼吸しコーヒーをすすり自然なアクションを装いながら、思い切って振りかぶると隣の男性の指を確認してみる・・・。

その瞬間、思わずコーヒーをブー!!!!っと吹き出しそうになった。

全部親指どころか
フィリピンバナナやないかい!!!

私はサッと目をそらすと、フィリピンバナナのことは忘れて冷静になろうと努めたが、忘れようとすればするほど脳裏に焼き付いて離れないフィリピンバナナの残像と、どうしようもなく湧き上がってくる笑いに一人悶絶した。

フィリピンバナナのことは忘れようとしていると自負しながら、勝手に彼がフィリピンバナナで細かい作業をしているシーンなどを追加で想像し、私は一人で新たな笑いの渦に飲み込まれ、瀕死の重傷を負った。

このようなパターンが、盗み聞きしたわけではないが他人の会話が耳に入ってしまい、自分のツボにはまってしまった時、である。

④自分の嫌いな人がひどい目に合っている時

以前、勤め先にちょっと鼻につくタイプの女子がいた。
年齢は私と一つくらいしか変わらなかったが、Can Cam(キャンキャン)風のOLコーデで固め、仕事できる女気取りなのだがそのファッションコーデとは裏腹に、まず働かない女であった。

何か仕事を頼まれてものらりくらりとやってる雰囲気だけを作り出しまわりの人間に丸投げなのである。
そして極端にイイ女風のふるまいにいそしむことだけには余念が無く、何もこれといって働いていないのに、一日颯爽と仕事をやり切ったOL風にタイムカードを切って、しゃなりしゃなりと帰っていく。

私は常々、この女いけ好かないわぁ。と感じていたのだが、その日はなぜか一緒にランチに出ることになった。

ランチといっても、近くのパン屋さんでパンを買って公園のベンチで食べることになっただけだったのだが、パン屋さんで総菜パンを買ったほかに、このCan Camはなぜか食パンを丸ごと一斤購入していた。

そんなデカいパン一斤、今食べるわけじゃないだろうし、自宅に持って帰るのかな?などと思って聞いてみると
『あ、これぇ?鳥さんにあげようと思って💛』などと言うではないか。

え?鳥さんにあげるために自分のランチ以上の金額を使うのか!?私は唖然としたと同時に
瞬間的に理解した。

はは〜ん。
この女は、公園で鳥さんにパンを配っている可愛い私💛を演出したいに違いない。

私は、くだらねぇ〜!!という感想をぐっとこらえ、『そ、そうなんだ?あはは』と精一杯の愛想笑いをした。

二人で公園に行くと自分のランチもそこそこに、丸ごと一斤の食パンを袋から取り出し、少しづつちぎって周りに撒き始めるCan Cam・・・。
一羽、また一羽と集まってくる鳩・・・

案の定、Can Camはハイどーぞォ💛などと言いながら、かわいい女を演じている。

しかし、ものの数分で現場は一気に緊迫し始めた。
Can Camはあっという間に数十匹の鳩に包囲され、しまいにはパンをちぎるまで待てないシャカリキな鳩たちがCan Camの肩や腕にまで飛び上がり、パンの争奪戦が始まったのである。

当然である。ここは田園調布や自由が丘などの素敵な公園ではない。

そしてここにいる鳩たちは田園調布や自由が丘に生息する、優雅な鳩ではないのだ。
生きるために必死の、埼玉県の鳩なのだ。

『公園で鳥さんにパンを配っている可愛い私』を演出しようと目論んだCan Camが、完全に飢えた鳩に襲撃されているだけという、あまりにも面白すぎる展開を、私は数メートル先からただオロオロしながら見つめるしかなかったが、顔を真っ赤にしながら両手を振り回し、ごめんなさい!!!と泣き叫ぶCan Camの姿に、フツフツと笑いが込み上げてきてしまう自分を隠すことができなかった。

今笑ったら完全に性格悪いと思われるよな・・・そんな自己保身だけで必死に笑いをこらえた私であったが、普段働かないCan Camのおかげで散々尻ぬぐいを強いられていた私は、頭の中に浮かぶ『超おもしれぇ』という素直な感想を抑えることができず『大丈夫〜?』という形だけのうわの空の声掛けをするのが精一杯であった。

これが自分の嫌いな人がひどい目に合っている時、のパターンである。

いかがだっただろうか。
皆さんにも、今まで笑ってはいけない状況で笑いたくなり苦しんだ経験が必ず何度かあると確信しているが、おそらく上記のいずれかのパターンに当てはまるのではないだろうか。

この機会にそんな記憶をそっと思いだし、分類して楽しんでみて欲しい。

新型コロナによる緊急事態宣言が徐々に解除されつつあるが、特定警戒地域である埼玉県でStay Homeしている私は、こんなくだらないことを真剣に考え、週末の夜を楽しんでいる。

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富岡紗和子
富岡紗和子
神奈川県湘南在住、占い師(帝王命術鑑定師)・ラジオパーソナリティ・エッセイ作家・法人役員(役員暦24年)の富岡紗和子です。 現在、二人の娘を持つ母でありサーフィンとビールをこよなく愛するアラフィフ女子です♪ ⇒ ⇒ 詳しいプロフィールはこちら