先日、病院に薬をもらいに行った時の話だ。
その病院は午前中の診察の受付が12時までなのだが、私は受付の締め切りの5分前に病院にやってきた。
この病院朝早くから並ぶよりも、ギリギリに滑りこむほうが空いており、わりとすぐに呼ばれるのでいつもこの方式をとっている。
その日もギリギリに受付に診察券を出すと、待合室の椅子に座って私はホッと一息ついた。
待合室には私と、薬を待っているお婆さんしかいなかった。
その時である。
ド―ン!!と体に衝撃を感じ慌てて顔をあげると、私の座っている待合室の椅子の列の一番端に、診察を終えて診察室からでてきた50代くらいのおばさんが勢いよく座ったようであった。
この待合室の椅子は一列につき5席がつながって並んでいるタイプのものであり、この手の椅子に座るときには静かに座らないと、並んでいる別の患者さんに大きな振動がいくため、私はいつも気を付けてなるべく静かに座るように心がけているのだが、このおばさんにはそのような神経が全く通っていないようで、そっとその顔を観察すると、いかにも『私にはそのような神経は通っておりません』という表情に見えた。
『ビックリしたな・・・ただの無神経おばさん(重め)か・・』と思ったが、私はさほど気にすることなく待合室に置かれているテレビで放送されているお昼の番組をぼーっと眺めていた。
その時である。
今度はユサユサユサユサ・・・と細かい揺れが椅子全体に伝わってきたのだ。
なにごとか!?と再び顔を上げると、先ほどの無神経おばさんが自分のメガネをせっせと拭いている。
そういえば以前に、今では考えられないほど密にお客さんが入った状態の下北沢の小さな劇場でお芝居を観劇した際に、私とピッタリとくっついた状態で隣に座っている男性が、おもむろにかけていたメガネを外すと、激しく拭き始めたことを思い出した。
その男性のメガネを拭く肘が繰り返し何度も何度も私の体に当たり、あまりにも非常識なこの男性に頭にきた私は『あなた、この狭い空間でそのメガネの拭き方・・・肘で私のオッパイを突つこうとでも思ってますか?』とマイクを向けたくなったものである。
ユサユサユサユサ・・と揺れを感じているうちにその時の腹立たしい記憶が蘇ってきた。
私はメガネをかけていないので普段はメガネを拭く用事はないのだが、夏にはサングラスをかけるので、サングラスが汚れた時には当然汚れたレンズを専用の布で拭く。
しかし私の認識ではサングラスを拭く時に必要なのはせいぜい親指と人差し指、もしくは+中指くらいなものだ。サングラスのレンズを布ではさんで指先で拭くイメージである。
だがこともあろうにこのおばさんは、情熱大陸のテーマを演奏する葉加瀬太郎を彷彿とさせる勢いで激しくメガネを拭き続ているのである。私とつながった椅子の端っこでだ。私はその振動にグラグラと揺すられ続けていたが、段々と腹が立ってきた。
なんて無神経なおばさんなんだ。
よーし、ここは私もこの椅子の上でなんらかの激しいアクションを起こし、おばさんに振動を与え返してやろう。
そうすれば、このおばさんも、だれか一人がこの椅子上で激しい動きをすると一列全体が揺れて迷惑なんだということに気づいてくれるかも知れない。
私は自分のバッグを開けると、メモ帳とボールペンを取り出した。
私はいつもバッグにメモ帳とボールペンを持ち歩いていて、街中で面白い人を発見したり
何か気づいたことがあったりした時に、忘れないようにメモを取るようにしている。
私は勢いよくそのメモ帳を開くと、体全体をわざと揺らしながら『隣に無神経なおばさんが座っている!!』と激しく書きなぐった。
ただ普通にメモを書くだけでは振動など起きないため、YouTubeのオモシロ動画などで稀に見かける、超個性的な中国の書道家のように左右前後に揺れながら、一心不乱に書きなぐった。これで私の揺れがおばさんにも伝わっているはずだ。
ひとしきりメモを書くと、そーっとおばさんの方に目をやり、確認してみた。
だが、おばさんは私の個性的なアクションなど全く目にも入らない様子で、涼しい顔をして座っている。
『え・・・?こんなに怪しい動きをしている人間が同じ列の椅子に座っているのに!!このおばさん、何も感じないのか?!私だったら、こんな気持ち悪いヤツいたらさりげなく離れるぞ・・・!?』
その時だ。受付から名前を呼ばれたおばさんが、ダン!!と椅子を揺らしながら思い切り立ち上がり、何やら受付の人の質問に答えて戻ってくると、再びド―ン!!と大きな衝撃と共に先ほどの席に座ったのであった。またまたその衝撃に揺さぶられる私・・・。
あぁ、そうか・・・(涙)。
無神経な人は何も考えず自由に動いているし、隣におかしな動きをしている人間がいても、それについても何も感じないのだ・・・忘れていた。
あまりにも反応が無いため、おばさんの方をチラチラ確認しながら最終的にはMr.ビーンのような動きになりメモを書きなぐっていた私は、逆に他者から見れば、待合室に出没した一方的に怪しい人間なのである。
我に返った私は、受付の女性たちからその姿を見られてなどいなかっただろうか?とドギマギし、激しい後悔の念にかられることになったのであった。
振り回されるのはいつもまともな人間である。
人の振り見て我が振り直せ、などという言葉など彼らに通用しないのだ。
何しろ無神経な人は、“人の振り”など目にも入っていないのである。こちらの神経をすり減らすだけ、無駄なのだ。
今後は、無神経な人に常識を理解をさせようなどと無駄なことは考えず
そっとその場を離れよう・・・
そう心に誓った、先日の病院での出来事であった。